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東京地方裁判所 平成5年(ワ)9326号 判決 1994年7月15日

原告

鈴木芳江

被告

磯山藤

主文

一  被告は、原告に対し、金一八〇三万三〇一二円及びこれに対する平成三年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三九二八万四七九八円及びこれに対する平成三年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

鈴木ヨシ(以下「亡ヨシ」という)は、以下の交通事故(以下「本件事故」という)により死亡した(争いがない)。

日時 平成三年一〇月二二日午後五時四〇分ころ

場所 茨城県行方郡玉造町諸井甲五六四番地先路上(以下「本件事故現場」という)

加害車両 軽貨物自動車(相模四〇な七六七七号。以下「被告車」という)

右運転者 被告

態様 亡ヨシは、本件事故現場を小川町方面から麻生町方面に向けて歩行中であつたところ、背後から被告車に衝突され、脳挫傷、外傷性後水頭症、肋骨及び右下腿骨骨折の傷害を負い、治療のため入院していたが、手術後肺炎に心不全を併発し平成四年三月一三日死亡した。

2  責任原因

被告は、その保有にかかる被告車を運転し、本件事故現場を小川町方向から麻生町方面に向けて進行中していたが、対向車両のライトに眩惑されて前方注視が困難であったのに減速を怠り、時速約四五キロメートルで進行したため、進路前方を歩行中の亡ヨシの発見が遅れ、その背後から亡ヨシに衝突した過失があるので、民法七〇九条、自賠法三条に基づき、本件交通事故にかかる損害を賠償する義務がある(争いがない)。

3  相続

原告は亡ヨシの子であり、唯一の相続人である(甲一、二)。

二  本件の争点

被告は、損害額を争うほか、亡ヨシは、歩道及び路側帯が設置されているにもかかわらず、車道部分を歩行していたのであるから、過失相殺すべきであると主張する。

第三争点に対する判断

一  損害額について

1  亡ヨシの損害

一 傷害に対する慰謝料(請求額二〇〇万円) 二〇〇万円

証拠(甲一一、乙一の4、二)によれば、亡ヨシは本件事故当日から死亡するまでの一四四日間入院を余儀なくされたが、この間にあつては開頭手術三回、骨折手術の二回と手術を繰り返し、いく度も生死の境を彷徨しつつ次第に衰弱していつたのであり、極めて苦痛に満ちた入院生活であつたことが窺われ、亡ヨシが受けた右精神的苦痛を慰謝するには、二〇〇万円の支払いをもつてするのが相当と認められる。

二 入院雑費(請求額一七万二八〇〇円) 一七万二八〇〇円

前記認定のとおり亡ヨシの入院実日数は一四四日であるのところ、入院雑費として一日当たり一二〇〇円を要することは公知の事実であるから、亡ヨシは入院雑費として一七万二八〇〇円の損害を被むつた。

三 近親者による付添看護費(請求額五〇万円) 二五万四〇六二円

証拠(甲一一、乙二、三)によれば、亡ヨシは重症のため入院期間のほとんどを付添を要する状態であり、うち二二日間は娘である原告がパートタイマーの仕事を休んで全日付添看護をしたこと及び原告は仕事を休んだことにより二五万四〇七二円の得べかりし収入を得ることができなかつたことが認められるところ、右によれば、原告の逸失収入相当額をもつて近親者による付添看護費として認めるのが相当である。

四 死亡に対する慰謝料(請求額二〇〇〇万円) 一四〇〇万円

本件事故の態様、亡ヨシの年齢、家族構成、生活・稼働状況その他本件の審理に顕れた一切の事情を考慮し、亡ヨシが本件事故により死に至つたことによつて被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一四〇〇万円と認めるのが相当である。

五 逸失利益(請求額六八四万〇九九八円) 五五五万六九九二円

証拠(甲一ないし四、七、八、一一)によれば、亡ヨシは、大正三年九月二八日生まれの死亡当時七七歳の女子であつて、共稼ぎである原告夫婦と同居し、原告に代わつて洗濯、炊事等の家事一切を切り盛りするほか、田一反、畑五畝を独力で耕作し、農閑期には近所の苺栽培農家に手伝いに年当たり一〇〇万円程度の収入を得ていたことが認められるのであつて、平成四年簡易生命表による平均余命一〇・八六年のうち少なくとも四年間は就労可能とみるのが相当であり、その間の労働の価値は、亡ヨシが既に七七歳の年齢に達しており、独力での農作業は次第に困難となつて農業収入は減少することが予測されることを考慮しても、平成四年賃金センサス第一表による産業計・企業規模計・学歴計・六五歳以上の女子労働者の平均賃金年額である二七九万八五〇〇円の八割を下まわることはないというべきであり、生活費控除を三割とし、ライプニツツ方式(係数三・五四五九)による年五分の割合による中間利息を控除すると、本件事故当時における亡ヨシの逸失利益の現在価額は五五五万六九九二円(一円未満切捨)となる。

2  原告の損害

一 葬儀費用(請求額一二〇万円) 一二〇万円

弁論の全趣旨によると、原告は亡ヨシの葬儀を執り行い、請求額を下らない金額を支出したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては一二〇万円を認めるのが相当である。

二 原告固有の慰謝料(請求額五〇〇万円) 一五〇万円

証拠(甲一一、乙一の4)によれば原告は、本件事故により、幼少時から女手ひとつで自分を育ててくれたたつた一人の肉親である亡ヨシを失つたことにより、大きな精神的苦痛を被つたことが窺われ、右苦痛を慰謝するには、一五〇万円の支払いをもつてするのが相当と認められる。

二 過失相殺について

本件事故は、被告が、被告車を進行させるにあたり、対向車両のライトに幻惑され、前方注視が困難となつたのであるから、一旦減速するなどして前方の安全を確認したうえで進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り時速約四五キロメートルで漫然進行した過失により惹起されたものであることは当時者間に争いのないところ、証拠(甲五の1、2、一〇、乙一の2)によれば、本件事故現場の道路は、車道部分幅員六メートル、それぞれ片側幅員三メートルの一車線の直線道路であつて、被告車の反対車線側には幅員一・九メートルの歩道が設けられているが、被告車の走行車線側には歩道はないものの、幅員一メートル前後の路側帯が設けられていたこと、亡ヨシは、右歩道及び路側帯ではなく、被告車の走行車線上を被告車と同一方向に歩行しており、被告車との衝突の位置は、車道の左側(路側帯の端)から約一・三メートル、道路中央線からは約一・七メートルの地点であつて、そのままでは後方から進行してくる被告車との追突は避けがたいというべきであつたこと(被告車の幅は約一・四メートルであり、走行する車両は、通常、道路中央線との間に少なくとも〇・三メートルの間隔をおくものと思われる。)、本件事故現場は直線道路であつて見通しはよいものの、本件事故時は日の入りから四五分経過していて、太陽光による明るさはなく、月明かりのみであり、その明るさは人工光源の影響のない状態で〇・四ルツクスであるというのに、本件事故現場の脇には商店街の街路灯一基があるほかは照明設備は設けられておらず、走行する自動車からは車道上の歩行者等は発見しにくい状況にあつたことが認められ、これらの認定事実によれば、亡ヨシにも損害の発生及び拡大についての過失があつたものといわざるを得ず、本件事故により生じた損害につき過失相殺として三割を控除するのが相当である。

なお、被告は、本件事故による損害としては、原告主張の損害の有無とは別に、治療費二六四万六九二一円及び職業付添人による付添看護費一七万二〇二九円があり、被告はこれらの損害につきその付保険会社を介して原告に支払済みであると主張し、この点を原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。そこで、過失相殺を施すこととなる原告の損害は、一認定の損害に被告主張の右損害を加えて算定することとする。

三 損害の填補 二八一万八九五〇円

被告はその付保険会社を介して原告に対し二八一万八九五〇円が支払われたことは前記のとおりであつて、これは損害の填補に充てられるものである。

四 弁護士費用(請求額三五七万一〇〇円) 一六〇万円

本件訴訟の難易度、審理の経過、請求認容額、その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は一六〇万円と認めるのが相当である。

五 まとめ

以上の次第で、原告の被告に対する請求は、一八〇三万三〇一二円及びこれに対する不法行為の日である平成三年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限度において理由がある。

(裁判官 齋藤大巳)

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